半導体を巡る世界規模の戦いが勃発した二つの要因
2021年頃から、半導体を巡る議論が活発になり、これをテーマにした本を良く見かけるようになった。「半導体戦争 世界最重要テクノロジーを巡る国家間の攻防」(クリス・ミラー著)は、本のタイトルが秀逸だ。以下、半導体戦争という言葉を使わせてもらう。半導体戦争には二つの要因が関係している。台湾有事の問題とAI時代の到来である。
台湾有事の問題
2021年3月に、米インド太平洋軍のフィリップ・デービッドソン司令官(当時)が上院軍事委員会の公聴会の場で、「中国軍が6年以内に台湾に侵攻する可能性がある。」と証言した。これをきっかけに、台湾有事がリアルな危機になってきた。台湾には、世界最大手の半導体ファウンドリであるTSMCが存在する。TSMCがもし中国の支配下に落ちたら、世界の半導体サプライチェーンは分断され、先端産業全体が大混乱に陥ることになる(アップルだって、アイフォンを供給できなくなる)。中国の台湾侵攻が起きても大丈夫な半導体サプライチェーンを構築しなければならないということで、自国への半導体工場の誘致合戦が始まった。これが半導体戦争が勃発した第一の要因である。
AI時代の到来
AIの普及は半導体需要を爆発的に増加させる。あっさりとした話だが、これが半導体戦争勃発の第二の要因である。
日本は現在、世界と戦える状況にはない
日本は1980年頃には世界の半導体市場を独占していたが、1980年代後半からの日米半導体協定をきっかけに凋落が始まり、2023年現在、最先端の半導体ラインが存在しない。日本の最後の砦として東芝が頑張っていたが(といっても、NAND型フラッシュメモリでロジックではない)、ファンドに買収されることになってしまった。
2022年8月にトヨタ自動車、デンソー、ソニーグループ、NTT、NEC、ソフトバンク、キオクシア(東芝が40.6%所有)、三菱UFJ銀行の8社が出資し、ラピダスという会社が設立された。北海道に最先端の半導体工場を建設する計画である。米IBMの技術を導入するとのことだ。政府はすでに3300億円の補助を決めている。この会社は政府にさらに2兆円の支援を求めているらしい。2025年4月の試作ライン稼働までに2兆円は費やされる。量産開始のためにはさらに数兆円規模の資金が必要になる。この会社の計画が予定通り進んでいくのか、要注目である。
この地政学と技術戦略の融合領域の問題に日本は弱い
ラピダスの事業計画が成功すれば万々歳なわけだが、日本が最先端の半導体技術を失って久しいのに、米国企業の技術を使って短期間に世界に追い付くことが果たしてできるものだろうか。
国が数兆円(最終的には10兆円規模か)の投資を行うのであれば(これ税金だからね)、他の戦略も検討したのか。何もしなかった場合、日本の先端産業はどうなるのか。半導体の供給を断たれ(あるいは絞られ)、競争力を失っていくのか。
「何もしないよりはまし」という主張が通り、十分な検討なしに何かが始まってしまうのがよくあるパターンである。また、「失敗しても人材が残る」みたいな失敗の正当化が始まる前からあったりする。日本はこのような融合領域の問題に弱い。
高校の探究学習のテーマにしたら面白い
半導体分野の大学研究室を訪問し、最先端の半導体技術がどういうものであり、日本が短期間にそこに追いつくために必要な要件は何か(それがどのくらいの難易度のプロジェクトなのか)について取材する。技術戦略分野の大学研究室を訪問し、技術開発を成功させるためにはどういう戦略オプション(選択肢)を持たなければならないかについて取材する。また、国際政治分野の大学研究室を訪問し、中国の台湾侵攻の可能性について取材する。これらの一連の取材から得た情報・知見を基に、高校生がこの問題を深く探求したら、とても面白い答えが出てきそうだ。