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「数学の世界史」を読む

 加藤文元氏(東京工業大学名誉教授)の「数学の世界史」を読んだ。2024年2月に初版発行なので、新しい本である。個人的に一番印象に残ったところを紹介したい。

 

古代ギリシャの論証数学

 古代ギリシャでなぜ哲学が生まれ、数学や物理が飛躍的に発展したのか、ずっと不思議に思っていたが、この本を読んでその謎が解けた。定理を述べて証明するスタイルの論証数学は、古代ギリシャでだけ生まれ、他の文化圏では生まれなかった。論証数学が誕生したのは紀元前5世紀であり、重要な2つの要因があった。

 「アキレスと亀」(足の速いアキレスは亀に永遠に追い付けない)の話は有名だが、これは「ゼノンの逆理」を表す一例のようだ。そして、この逆理から幾何学を決別させる必要があったというのが一つ目の要因である。もう一つの要因は、正方形の対角線と辺は通約不可能である(√2は有理数ではない)ことを発見してしまったことのようである。この本を読まないと、何を言っているんだかわからないので、読むしかない。

 

 そして、古代ギリシャ人による論証数学のベースにある考え方そのものがネックとなって、極限や無限小概念を基礎に組み立てられる微分積分学を発見することが不可能であったことが解かれる。

 なるほど、という感じである。微分積分学はニュートンやライプニッツが突然変異的に発見したものではなく、あと一歩のところまで迫っていた時代がずっと昔にあったということである。

 

3つのルネサンス

 古代ギリシャ人による高度な数学・科学・哲学は、476年の西ローマ帝国崩壊後に急速に失われてしまう。その後、イスラム教帝国によってこれらの知識がアラビア語に翻訳され、十二世紀頃からイタリアに逆輸入される(十二世紀ルネサンス)。著者はこれを「巨大な遠回り」と表現する。

 

 ところで、「ルネサンス」の名を冠する時代はあと2つある。一番有名なのが十五世紀のイタリア・ルネサンス(文芸復興運動)。八世紀後半から九世紀にかけたカロリング・ルネサンスというのもあり、カロリング朝カール大帝の主導による聖職者の教養を高めるための教化的運動である。この時は、イングランドに蓄積された古代ローマ文化の伝統を輸入したようだ。

 カロリング・ルネサンスは知らなかった。高校生は世界史探究で習うのだろうか。

 

非ユークリッド幾何学の発見

 十九世紀に、約2000年にわたって絶対的な空間概念であったユークリッド幾何学が覆される。ユークリッドの公準5が否定され、以下のものに差し替えられる。

「直線L上にない任意の点Pを通る直線Lの平行線は二本以上存在する」

 

 十九世紀半ばにリーマン幾何学が誕生し、これが二十世紀初頭に生まれたアインシュタインの相対性理論の数学的基礎となる。空間(時空)の曲率=物質・エネルギーの分布というもので、重力によって空間の曲率が変化し、光の経路が曲げられることを意味している。

 リーマン幾何学なんて勉強する気にならないが、曲率はぼんやりとは想像できる。

 

現代の数学

 二十世紀に入ると、量から概念への数学対象のシフトが加速し、幾何学では空間そのものを対象にするようになる。多様体による空間概念という考え方が二十世紀の数学を牽引する基本思想となる。空間=集合(点概念)+構造(空間とは構造をもった点の集まり)となる。

 いや〜、全然わからない。

 

征服史としての数学

 古代ギリシャの論証数学とインド・アラビア的代数学のブレンドから本格的に始動した西洋数学は、現代において世界を席巻し、名実ともに一つの数学に結実した。しかし、これで数学のストーリーが完結したわけではないようだ。数学はこれからも進化していき、いずれは西洋数学とは違ったものになるはずと著者は予言する。

 数学の世界史は文明の興亡史そのものだ。